冬歌




山里は冬ぞさびしさ増さりける
 人目も草もかれぬと思へば
  

源宗于朝臣

いつも寂しい山里だが、冬はまたいっそう寂しい様子だ。人目も遠くなり(離れる=かれる)、草も枯れてしまうから……。


大空の月の光し清ければ
影見し水ぞまづこほりける


よみ人知らず

大空の月が冷たいほどにきよらかに輝いているので、その光を受けた水が、まず最初に凍ったのだ……。


降る雪はかつぞ消ぬらしあしひきの
山のたぎつ瀬音増さるなり

山川の瀬音が大きくなってきているところを見ると、降る雪はどんどん溶けてしまっているらしい。


み吉野の山の白雪積もるらし
故里寒くなりまさるなり
 

坂上是則

吉野山では白雪が積もっているらしい。古い京(奈良)の寒さは、つのっている。


冬ながら空より花の散りくるは
雲のあなたは春にやあるらむ


清原深養父

冬だというのに空から花びらが散ってくる。雲の向こうは、春なのだろうか。


昨日といひ今日と暮らしてあすか川
流れて早き月日なりけり

春道列樹

昨日、今日、と言って暮らすうちに明日が来てしまう、その流れはやい飛鳥川のように、月日のたつのは早いものだ。



 冬歌は、古今集に29首しか入っていません。古代の冬は、寒くて厳しくて、歌を詠むような気にもなれないほどだったのかも知れません。しかし、その厳寒の中でも、冬の山の寂しさを慨嘆し、雪を花になぞらえ、冬の空にひときわ輝く月の光をたたえて歌った古今集の歌人たちの歌は、やはり美しく、素晴らしいものがあるように思います。それにしても、古今集の歌は本当に知的な明るさで、冬も歌いきってしまう。逆にそれだけ、つらい冬でもあったのでしょうが。

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テクストは旺文社文庫対訳古典シリーズ『古今和歌集』

15/12/2001