仮名序

 やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞ成れりける。


ヤマトウタハヒトノココロヲタネトシテヨロズノコトノハトゾナレリケル

 

 花に鳴く鶯、水に住む蛙の声を聞けば、生きとし生けるもの、いずれか、歌を詠まざりける。力をも入れずして、天地を動かし、目に見えぬ鬼神をも哀れと思はせ、男女の仲をも和らげ、猛き武人の心をも慰むるは、歌なり。


ハナニサクウグイス ミズニスムカハズノコエヲキケバ イキトシイケルモノ イズレカ ウタヲヨマザリケル チカラヲモイレズシテアメツチヲウゴカシ メニミエヌオニガミヲモアハレトオモハセ オトコヲムナノナカヲモヤハラゲ タケキモノノフノココロヲモナグサムルハ ウタナリ


人麿、亡く成りにたれど、歌の事、留まれるかな。

ヒトマロ ナクナリニタレド ウタノコト トドマレルカナ

たとひ、時移り、事去り、楽しび、悲しび行き交ふとも、この歌の文字あるをや。青柳の糸、絶えず、松の葉の、散り失せずして、真栄の葛、永く伝はり、鳥の跡、久しく留まれらば、歌の様を知り、事の心を得たらむ人は、大空の月を見るがごとくに、古を仰ぎて、今を恋ひざらめかも。


オホゾラノツキヲミルガゴトクニ イニシヘヲアフギテ イマヲコヒザラメカモ

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本文は岩波書店の新日本古典文学大系を使用