恋歌


時鳥鳴くや五月の菖蒲草あやめも知らぬ恋もするかな よみ人知らず

ホトトギス鳴く、この五月に咲く菖蒲の花……夏の風景。その「あやめ」の名ではないが、筋目もわからないほどの恋をすることだ。

あしひきの山下水の木隠れてたぎつ心を堰きぞかねつる よみ人知らず

山影の水は、木々の間に隠れて激しく流れる。そのように私も、たぎりたつ思いを抑えることが出来ない。

春立てば消ゆる氷の残りなく君が心は我に解けなむ よみ人知らず

春になれば氷がすっかり溶ける、そのように、あなたの心が私に打ち解けて欲しい……。

思ひつつ寝ればや人の見えつらむ夢と知りせば覚めざらましを 小野小町

しきりにあの人のことばかり思って眠りについたので、夢で会ったのだろうか。夢とわかっていたら、目覚めなかったものを。

いとせめて恋しき時はむばたまの夜の衣を返してぞ着る 小野小町

どうしてもあの人が恋しくてたまらないときは、夜着る衣を裏返して着ることだ。もしかして彼が、夢に現れてくれるかも知れないから……。

時鳥夢かうつつか朝露のおきて別れし暁の声 よみ人知らず

ホトトギスよ。あれは夢、それとも現実だったのか? 朝露の置く頃、起きて恋しい人と別れた、あの明け方に聞いた声は。

さ夜ふけて天の門渡る月影に飽かずも君を逢ひ見つるかな よみ人知らず

夜がふけて、天空を渡る月の光、そのうつくしい姿。そんな月を眺めるように、恋しいあなたと逢ったことだ。いつまでも、飽き足りない思いの逢瀬……。

さむしろに衣片敷き今宵もや我を待つらむ宇治の橋姫 よみ人知らず

狭いむしろに一人、衣を敷いて横たわり、宇治の橋姫は今夜も、私を待ってくれているのだろうか。

月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身一つはもとの身にして 在原業平朝臣

この月は、この梅の花咲く春は。去年と同じではないのか。あの人と会えなくなってしまった今、取り残されたように、私の身だけが、もとのままで……。

唐土も夢に見しかば近かりき思はぬ仲ぞはるけかりける 兼芸法師

遠い中国も、夢に見たのだから、じっさいは近かったのだ。夢で会うことさえもない二人の仲は、それよりも遥かに遠いものだったのだなあ。


<後記>

 全集片手にこれを書いてて思ったこと。「私の好きな恋の歌って、古今じゃなくて拾遺に入ってたんだあ……」(←怒)。とはいえ、恋歌五巻全体の一首目「さつき待つ」は大好きな歌ですし(この歌の眼目はにおいたつばかりの初夏の風景ですよねー)、「月やあらぬ」も、古今全体で多分三番目くらいに好きな歌。その他、本当に私情に走って偏ったラインナップになりましたが、ここまで読んで下さった方、有難うございます。なお、小倉百人一首に採録されている歌は、泣く泣く省かせていただきました(いい歌あるのに……)。

HOME

本文は旺文社文庫の対訳古典シリーズを使用